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2006年5月31日 (水)

「ハーバーJCを迎えて」

アスパック高松大会からその足でカレン会長をはじめとする7名の香港ハーバーJCの皆さんが金沢に来沢されました。月曜日から水曜日までと短い時間でしたが、非常に楽しい時間を過ごさせていただきました。今回、アテンドをしていただきました田代委員長はじめとする国際交流委員会の皆様ありがとうございました。ハーバーJCメンバーとの交流を通じて準備すべきことが明確になってきたことと思います。
カレン会長とJC事業に関するお話をさせていただきました。NOMとしての香港JCは18LOMで構成され全メンバー数が約120人から130人だということです。この少ないメンバー数で、アスパックや世界大会でありますJCIアワード事業は香港JCが毎年総ざらいに近いかなりの部門で受賞をしています。なぜこれだけ受賞できるかを伺うと事業の達成に向けていかにして市民を巻き込んでいくかの議論を行い、事業の企業スポンサーを募る事業構築をしているとのことです。企業スポンサー制度は少し日本とは違いますが市民を巻き込んでいく内容は国際児童絵画展をみてもわかりますように、わかりやすく参加をしやすい内容になっています。(金沢からも6枚の応募をしました)
内容の伴わないアピールはだめですが、内容を十分にアピールしていないこともだめなことかもしれません。私たちの活動のアピールのやり方も見習うことが多いのではないでしょうか。

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2006年5月30日 (火)

「日韓フォーラム2」

昨日の続きです。
今回のフォーラムはパネリストは韓国側は孫教授、日本側は神戸大学教授の五百旗頭真氏、コーディネータは台湾政策顧問の金美齢氏でありました。
日本側の認識は、西洋文明は地球規模となり19世紀以降日本が師と崇めていた唐天竺(中国、インド)が欧米列国の植民地化され、開国と共に欧米列国に強い危機感が日本国内におこり西洋文化を積極的に取り入れ、ペリー来航以降わずか50年足らずで日露戦争に勝ち世界の一国の加わりました。しかし、帝国主義を配慮や都合を考えることなく進め、周辺諸外国には多大なる迷惑をかけたのと思います。それが大戦の結果に至っています。戦後吉田茂首相は当時世界のGNPの45%を独占していたアメリカにソ連に対抗するべく安全と繁栄を求めるため政策に国家方針を向けました。その後60年代から80年代にかけて経済繁栄を迎え、90年年代にはバブル経済を迎えたのです。そして東アジアには福田首相を筆頭に経済支援を惜しみなく続けてきています。
今、アジアの中で中国の台頭によりアメリカを軸とした関係が変わりつつあります。今までの歴史は忘れることは出来ませんが許すことはできます。歴史を学ばないもの、知らないものは愚か者です。歴史にがんじがらめにされるこことなく歴史から何を学ぶかがこれからの私たちの使命です。特に北朝鮮問題で、韓国と北朝鮮が統合になったときには、ドイツの例をみるとかなりの経済支援が必要となってきます。そのとき日本は韓国と共に支援が必要となってくると思います。
これから日韓が未来志向で物事に取り組んでいかなければならないと思います。そのためにJCの役割は非常に大切なものとなってくると思います。

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2006年5月29日 (月)

「日韓理事長フォーラム1」

アスパック高松大会はいかがでしたでしょうか。皆さんにいろいろな気づきを与えてくれる大会になったことと思います。その中で、日韓理事長フォーラムが開催されていましたので概要についてふれたいと思います。
まず、韓国の国際政治の孫教授からこれまでの歴史について説明がありました。
東アジアにおいて1867年以降、歴史上の主役はイギリス、ロシアに第2次世界大戦後アメリカが加わり中国、日本は脇役で韓国は脇役にも上がっていないとのことです。これは産業革命以後ヨーロッパの帝国主義の植民地政策からアメリカ、ソ連を中心とした東西の冷戦構造を生み出し世界各国の国家のあり方が問われていた時代です。
しかし、ベルリンの壁が崩壊後東西の冷戦構造はなくなり、ソ連と言う共産国家は亡くなりました。ここで世界は融和の方向が見え初めてきたのでが、9・11アメリカ国内同時多発テロ以降アメリカは3つの政策を打ち出しました。
「テロの予防、アメリカとの競争国予防、核拡散の予防」の3つです。ここより韓国国家の考え方がアメリカとの距離を考えるようになってきていることです。北朝鮮には太陽政策もありますが同胞ということもありますナショナリズム左翼的考えでノムヒヨン大統領の政策が進められていることです。ここで日本はナショナリズム右翼的に進んでいるかもしれんません。
韓国はこれから中国との関係は前向きに進めていくということです。このことはアメリカ政策にかなうものではなく、特に韓米安保関係に相違が生まれるかもしれません。そして、これに日本、韓国との歴史認識の違いが絡み合い1981年以降アジア全体に飛び火している現状だと思います。
明日にもう少し繰越していきます。

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2006年5月26日 (金)

「ホスピタリティー」

高松の地に入りました。まちはアスパックの大会を盛り上げる機運でいっぱいであります。市内各所に「ASPAC WITH TAKAMATSU」の看板があります。本日の早朝会議でもありましたが、アジアの中の日本ということを意識される部分が非常にあります。COC(ヘッドクウォーター)では20カ国の民族衣装を身にまとった女性がお出迎えをしていただけます。また、高松市内ではボランティアスタッフが多いことにも気が付きます。登録証を下げていると気軽に声をかけてもらう場面があります。まさにまちが歓迎をしているかのようであります。メンバーの皆様とは高松でお待ちしております。

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2006年5月25日 (木)

「高松市」

アスパック開催地の高松について市役所のHPにデーターがありましたので紹介させていただきます。
人口      426,056人(平成18年5月1日現在。※平成18年1月10日に近隣5町と合併しています。)
世帯数    175,250世帯(平成18年5月1日現在)
姉妹都市   アメリカ合衆国フロリダ州 セントピーターズバーグ市
         フランス共和国アンドルロワール県 トゥール市
市木      黒松
市花      つつじ
今も城下町の風情を残しており四国四市では松山市、高松市、高知市、徳島市の順番の人口となります。江戸時代は徳川家親藩の松平家が11代220年間にわたり治めていました。うどんの一世帯あたりの消費量は当然日本一です。また、平家にまつわる話も多く存在し資料館もあります。それに鬼が島伝説が残っている地域でもあります。

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2006年5月24日 (水)

「アスパック高松」

いよいよ明日よりアスパック高松大会が開催されます。私自身もなかなか四国とは縁がなかったので大会も楽しみですが、土地の風土なども非常に楽しみにしております。一昨日田んぼのことに触れましたが、関東方面の農業を見ると土が違うので田んぼではなく、黒い土の畑だったことが印象にあります。その土地にあった農作が行われていることが理解できると思います。
また、香港ハーバーJCのメンバーも高松入りをされます。大会終了後はその足で金沢に来られるますので、ぜひまちを紹介していきたいと思います。皆さんと現地でお会いしたいと思います。

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2006年5月23日 (火)

「田んぼを眺めて」

小泉首相が土曜日、日曜日と石川県入りされていたことは皆様ご周知だと思います。その中で能登の千枚田を見られて絶景だとコメントされたことは報道されていましたが、その後「このちいさなおたまじゃくしいいね」とのコメントもありました。これを見て我が家の前が田んぼなのでマジマジとおたまじゃくしを見ていると、ほのぼのとした気持ちとなりましたが、子どもにはかなり不評で「気持ち悪い、もう少し経つと手足が出てもっと気持ち悪い」とのコメント・・・。かなり寂しい気持ちとなりました。
私が子どものときに見たり触れていたものが、かなり少なくなっているような気がします。野原のひばりやとんびも、田んぼが多いこの地区でさえほとんど見かけません。ザリガニも用水路にいなくなり、めだかは絶滅の危惧がある種類となってしまいました。
本日は30度を超える気温となり、エアコンのスイッチを入れるときに環境に対して何ができるか考え、おたまじゃくしを思い出しましたが結局スイッチを入れてしまった自分がいました。もう少し真剣に考えねばと思います。

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2006年5月22日 (月)

「わんぱく相撲金沢場所」

21日、第10回わんぱく相撲金沢場所が石川県体育館屋内相撲場で(社)白山青年会議所と共催でありました。村田委員長をはじめとする委員会メンバーの皆様お疲れ様でした。
今年は総勢22名の選手が6月18日卯辰山相撲場で開催される石川大会、7月30日東京の国技館で開催される全国大会の出場を目指して熱戦がくりひろげられました。金沢市相撲連盟の方々にも毎年運営のお手伝いをいただいております。その中でなかなか子どもたちが集まらない現状をお聞きしました。選手の出身小学校をみてみますと金沢市からは4名の現状です。何とか打開をしていかなければと思っていらっしゃるなかで、このわんぱく相撲は子どもたちにとっては非常に励みになる大会だそうです。子どもたちに技の向上や、勝ち負けにこだわることなく国技を通じて礼儀を教えている姿が伝わってきました。
青少年事業に関わりますと反応がストレートに伝わってきます。子どもたちに伝えなければならないことがたくさんあることを感じた一日でした。

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2006年5月20日 (土)

「TOYP事業」

昨日は加賀の地において会員会議所会議がありました。下荒理事長をはじめとする加賀青年会議所メンバーの皆様には大変お世話になり、ありがとうございました。
昨日の議事でTOYP事業の案件が審議を可決されました。この事業は各地域で活動している傑出した若者を発掘する事業であります。そして本年度はこの若者の活躍を子どもたちにも見てもらうことも事業の一環になっています。私たちの周りで同世代でがんばって活動をしている人を発掘するということは、まちで活躍をしている人でもあります。まちを知る意味でもこの事業にかかわっていきたいと思います。おそらくブロックの委員会メンバーがPRにくると思いますので、事業に関してどんどん参加をしていきましょう。

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2006年5月19日 (金)

「シニア合同例会」

シニア合同例会お疲れ様でした。例会委員会の皆様の準備が実った事業ではなかっと思います。そして参加をいただきました先輩の皆様ありがとうございました。その後に行われましたアスパック金沢の同窓会に少し参加をさせていただきましたが、本当に皆さん充実感に満ちたお顔をされていたことが印象的でした。私たち現役メンバーも負けない活動をしていきたいと思いました。
ショートムービーを見て、アスパックはどのような事業だったのかを少し触れることができたことかと思います。当時は国内ビットを取るだけで10数年の時間を費やしたとお聞きしてます。そして開催決定から準備へと移り様々なことがあったかと思います。来週から始まります、アスパック高松にはただ参加するのではなく、設営サイドの目からも見てみましょう。各セミナーにも積極的に参加をしてみましょう。26日3:00~開催の「日韓理事長フォーラム」には一般メンバーも参加ができますので、お時間がある方はぜひ参加をしていただければと思います。

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2006年5月18日 (木)

「お金に関しての意識」

17日に日本銀行の広報に関する委員会で金融広報中央委員会が全国の小中学校学校を対象に無作為抽出506校8744人からの回答でお金についての意識や金融経済についての調査発表がありました。少しご紹介をさせていただきます。
お金についての意識で「お金持ちがかっこういい」
小学校低学年で思う人は25.9%、そう思わない人45.4%。
小学校中学年で思う人14.3%、そう思わない人67.1%。
小学校高学年で思う人13.7%、そう思わない人68.6%。
中学生で思う人20.3%、そう思わない人60.5%
「お金より大切なものがある」
小学校低学年で思う人は69.3%、そう思わない人12.6%。
小学校中学年で思う人82.4%、そう思わない人8.8%。
小学校高学年で思う人84.1%、そう思わない人7.0%。
中学生で思う人79.1%、そう思わない人6.5%。

思った以上にお金に関してしっかりと認識をしているような気がします。拝金主義やエコノミックアニマルなどと言われバブル経済を生んだ教訓が生かされているのではなかいと思います。ここから全てをみることはできませんが今までの価値判断がもう少し変化する時代が訪れる気がします。
内容はまだまだありますのでご興味ある方は下記のアドレスからみていただければと思います。
http://www.shiruporuto.jp/

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2006年5月17日 (水)

「組織進化推進委員会」

組織進化推進委員会による第1回意見収集会に参加をしましたが、これからの金沢青年会議所活動の方向性を議論するための内容が非常にわかりやすく説明がされていたことと思います。粟田委員長をはじめとする委員会メンバーの皆様にはこれからもがんばっていただきたいと思います。
その中でありました私たちの活動の方向性はいったいどこに向けばいいのかテーマになっていたと思います。公益法人制度改革は会計基準の考え方を示す部分が大きく、公益法人の目的や活動内容を明記したのではありません。金沢青年会議所を社会から必要とされる団体として議論を積み重ねていかなければならないのです。
そのためにはしっかりとした知識を見識を積んでいなかなければならないと思います。組織進化推進委員会のプログを見ていきましょう。

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2006年5月16日 (火)

「人を選ぶこと」

6月9日に開会されますドイツワールドカップサッカー代表選手の発表がありました。北陸では前回に続き柳沢選手が選ばれました。ドイツの地での応援は出来ませんがテレビにての観戦で応援をしていきたいと思います。そして金沢から石川の地から越田選手に(現桜ヶ丘教諭)に続く日本代表選手が選出をされることを期待したいと思います。
今回の代表選考にあたりジーコ監督はサプライズの人選はほとんどしておりませんが、選手の選出には非常に苦慮されたと思います。コメントでもありますように日本のためにがんばろうという選手を選出の理由の一つとして上げられていました。まさに高い志からどのような活躍をしているかを見ながら選出されたことと思います。そして選んだ選手がいかに代表にふさわしいかをコメントされていることも印象深いものがありました。これは落選した選手の短所を指摘するのではなく代表選手の長所がいかに優れているかを述べ奮起してもらうことを期待したと思います。現にセルティック所属の中村俊輔選手は前回の落選をばねにその後活躍をし、非常に精神的の強い選手になられヨーロッパリーグで活躍する選手に成長されたことと思います。
世界に日本サッカー黄金時代の到来を知らしめていただきたいと思います。

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2006年5月15日 (月)

「利家とまつ」金沢城リレーマラソン

日曜日に第5回「利家とまつ」金沢城リレーマラソンを見にいきました。今年の金沢青年会議所からの参加者は篠岡委員長、岩田担当理事をはじめとする新入会員のメンバーと坂下副委員長の奥様と友人でありました。皆さん新緑の城址公園を颯爽と駆け抜けるために入念な準備をされていましたが結果は新聞でご確認をお願いいたします。参加された皆様本当にお疲れ様でした。自己の体力を計る絶好の機会になったのではないでしょうか。
始めてこの大会を見ましたが参加している方々に外国人が多いことに印象を受けました。現在金沢市の人口の10人に1人は外国人というデーターがありますが、このような言語が関係ない誰でも参加ができるイベントや催し物は海外から来ている人にとっては非常に興味をもって参加ができるものであることを実感しました。また、走るコースを道路を使うのではなく城址公園の周りを使うことは新たな魅力の発見の一つのも繋がることだと思います。まちの中心であれだけの人が集まりマラソンをすることができる都市は他にあるのかなとを考えていました。まだまだ、まちを知り尽くしていないような気がした一日でした。

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2006年5月13日 (土)

「まちづくり三法改正」

本国会で大型小売店の立地を定めた「まちづくり三法」(都市計画法、大規模小売店立地法、中心市街地活性化法)の改正が成立される見通しであります。この改正は大規模のショッピングセンターの郊外への出店規制の強化が目的であります。この法案が可決されると1万平米を超える郊外型大型店舗が大幅に規制されることになります。石川県内の市町村をはじめ全国の地方都市において中心市街地へ店を戻すことも大きな目的になります。
これまでの規制緩和政策の逆流をしてまでこの改正法案に動き出したのは、行政効率化に伴う中心市街地に各種機能を集約させる「コンパクトシティ」構想があるようです。これまで、各地方都市は郊外型の大型ショッピングセンターを雇用や税収入増など経済効果が高くなるということで積極的に誘致をしてきましたが、それ以上に道路、上下水道、雨水処理、除雪などインフラ整備や維持管理の負担が大きくなってきたことが背景にあるようです。
ただ、車社会のなかで郊外の駐車スペースが豊富にあり何でもそろう店に出向く人の流れはなかなか変わらないことも考えられます。
これまでJCで郊外分散型のまちは様々な意味で効率やまちの魅力が半減してしまうことを唱えてきましたが、いよいよ法によっての進められる部分も出てきましたがまちの魅力を発揮するには中心市街地の活性化は必要だということをしっかり認識をしていまなければならないと思います。そういう意味でも「夕暮れ祭り2006」は必ず成功をさせていかなければならい事業だと考えます。

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2006年5月12日 (金)

「利便性について」

仕事上である荷物が届かないので送主から送り状の控えをもらい運送会社へ問い合わせてみようとしましたら、送り状に荷物の確認できるホームページアドレスがあったので見てみると荷物の現状がパソコン上で確認することができました。そして日時指定をしてみるとほぼジャストタイムで荷物が届きました。これは運送会社の顧客に対する責任としてシステム開発を行い瞬時にわかるシステムにしたとのことでした。先月、蘇州の役人の方々が来沢された際に日本の物流システムをぜひ中国で活躍してみませんかと云われたことを思い出しました。このことは意識して国道8号線の車種を見ているとトラックや商業車が多いことに気が付きます。
物流の発達は在庫や倉庫事態の存在も変えてきています。特に鮮魚などの生もの関係は配送する際にはいったん漁港や市場の冷蔵庫に置くことが当たり前でしたが、トラックそのものが冷蔵庫となっているのでジャストタイムで配送が出来るので日本海側で獲れた魚はせりが行われた後保管することなくそのまま東京などに出荷されているということです。
このことは生活をしていく上で非常に便利でありがたいシステムですが、私たちの利便性の追及は留まることがないような気もします。これらのことには正解はないかも知れませんが、次世代が困らないようには考えていかなければならないと思います。

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2006年5月11日 (木)

「日本の技術力」

今週に入り上場企業の決算報告が発表をされています。特にトヨタ自動車の売上げと利益には圧巻されるものがあります。売上げはちょっとした国の国家予算より多く、利益は国内大手ゼネコンの売上げより多いという偉業であります。
近年サービスや金融等モノの実態がなくお金を動かすだけで利益を上げていた業界が支流の空気の中で製造業として世界の企業として名を覇していることは日本として自慢すべきことだと思います。そして日本の繁栄は先人の技術力がもたらしていることだと思います。世界主要国に旅行などに行ってドルを介さず円と現地通貨の両替できることはすごいことだと認識しなければならないことです。ゴールデンウェークに海外で過ごした日本人は1000万人を超えていましたが、なぜ円が訪問現地で通じるかを考える機会になればと思いました。

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2006年5月10日 (水)

「スポーツのきっかけ」

5月に入り、外で運動をするのに非常に気持ちのいい季節となってきました。私自身学生時にはサッカーに没頭して寝食とサッカーしかしていない日々を過ごしていた記憶があります。長年サッカーに携わってきたのでワールドカップが開催される年は何かとスポーツニュースに目が行きますが、最近スポーツニュースを見ていて日本のスポーツ事情が変わってきたことを実感する場面を多く見受けられます。
私たちが物心付いた年齢になったときは、テレビ中継やニュースはとくかくプロ野球の巨人だったと思います。そこからサッカーのJリーグが発足し、日本のスポーツ事情はかなりの変化をしてきていると思います。そして最近は松井選手やイチロー選手がアメリカの大リーグに移籍をした結果、大リーグの試合結果より両選手活躍したかが一面に扱われるケースが多くなっている気がします。新聞もスポーツ欄最初のページは松井やイチローという日が多く扱われています。団体競技では日替わりで活躍をした選手がありましたが特定の個人が大きく取り上げられるほうが面白いかと考える部分があります。
特にプロ野球のファンというわけではありませんが昨日より始まったプロ野球のセパ交流戦ですが、子どもの時に感じたワクワクする気持ちがないのが少し寂し気持ちであります。スポーツに夢を感じた気持ちは子どもたちは感じているのかと思う日々です。まずはスポーツに接する機会は減らしてはいけないことだと思います。

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2006年5月 9日 (火)

「なくしていけないこと」

事業の実施がせまりJC活動と仕事などの両立に皆さん苦慮されている日々が続いていることと思います。仕事などを終わらせてからJC活動を行っていくと夜遅くまでになり、そこから食事する時間がかなり遅くなることと思います。
新聞、テレビなどの報道でメタボリック(内臓脂肪)症候群なるものが厚生労働省から発表されてましたが、下記の事項に当てはまる方々は深夜(夜1:00以降)の飲食を少し自重してくことをお勧めします。
1.肥満気味 2.ウエスト男性85センチ以上 女性90センチ以上3.高脂血症 4.高血圧 5.高血糖
健康をなくしては何事も進まないと思います。自己管理も責任と思い活動を行いましょう。

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2006年5月 8日 (月)

「文化のひとつとして」

皆様、ゴールデンウェークいかがお過ごしでしたでしょうか。普段家族を過ごす時間が少ない分これを機にがんばったのではないかと思います。私自身も近場でがんばってゴールデンウェークを過ごした一人です。
その中で、4月29日に金沢港において捕鯨調査船が一般公開されていたので家族で観て来ました。調査兼取締船「勇新丸」と調査母船「日新丸」の2船が乗船することができ、当日はかなりの人出で乗船するだけで1時間近くかかる人でした。今まで、捕鯨はあまり身近に感じることなく過ごしていましたが、鯨料理は各地に文化として根付いていたり、人形浄瑠璃の駆動部分に鯨のひげが使われていたり等かかわりの深いところを垣間見ることが出来ました。
今、日本の捕鯨活動は国際捕鯨委員会(IWC)より商業捕鯨は反対の決議により実施されていません。この国際捕鯨委員会(IWC)は1946年世界の鯨類資源保存管理し、貴重な海の幸を将来にわたって末永く利用することを目的とした国際捕鯨取締条約(ICRW)が締結され、この条約に基づき1948年に世界主要捕鯨国(15カ国)により発足をしました。そして日本は1951年に加盟したのです。
ではなぜ商業捕鯨が実施されていないかを簡略に述べさせていただくと、まず1960年代に国別捕鯨や減少捕鯨の捕獲禁止など行い資源管理を行うと採算の合わなくなった加盟国であるアメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリア等が捕鯨産業より撤退しました。そのかわり当時各国内運動が活発になりつつあった動物愛護、自然保護思想といったことから反捕鯨運動へ展開していきます。
1972年に国連人間環境会議にて商業捕鯨の10年間一時停止が可決されますが、IWCは科学的の正当性がないということで否決をしています。しかし1972年を境に1982年までの間に25カ国が新規に加盟をし、捕鯨反対国が75%占めるようになりました。そして1982年に商業捕鯨は一時停止が可決されたのです。
現在IWCには66カ国が加盟をしいます。捕鯨に関しては捕鯨反対国33カ国、捕鯨国33カ国の現状であります。IWCではより科学的に基づき自然形態を混乱させることなく鯨の現状を把握し調査捕鯨を実施しているということです。今一度、日本の文化として捕鯨がどのようにかかわってきたかを知る時間をもらったようでした。

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2006年5月 1日 (月)

「先人の成しえた成果3」

本日で最終になります。
助かった人々は樫野の小さいお寺と小学校に収容された。当時は電気、水道、ガス、電話などはもちろんなかった。井戸もなく水は雨水を利用した。サツマイモやみかんがとれた。漁をしてとれた魚を対岸の町串本で売ってお米にかえる貧しい生活だ。ただ各家庭ではにわとりを飼っていて非常食として備えていた。このような村落に六十九名もの外国人が収容されたのだ。島の人たちは、生まれて初めて見る外国人をどんなことをしても助けてあげたかった。だが、どんどん蓄えが無くなっていく。ついに食料が尽きた。台風で漁ができなかったからである。
「もう食べさせてあげるものがない」
「どうしよう!」一人の婦人が言う。
「にわとりが残っている」
「でも、これを食べてしまったら・・・・・」
「お天とうさまが、守ってくださるよ」
女たちはそう語りながら最後に残ったにわとりを料理してトルコの人に食べさせた。こうして、トルコの人たちは、一命を取り留めたのであった。また、大島の人たちは遺体を引き上げて丁重に葬った。このエルトゥールル号の遭難の報は和歌山県知事に伝えられ明治天皇に言上された。明治天皇は直ちに医者、看護婦の派遣をなされた。さらに礼を尽くし生存者全員を軍艦「比叡」「金剛」に乗せてトルコに送還なされた。このことは、日本じゅうに大きな衝撃を与えた。
日本全国から弔慰金が寄せられトルコの遭難者家族に届けられた。
次のような後日物語がある。
イラン・イラク戦争の最中1985年3月17日の出来事である。イラクのサダム・フセインが、「今から四十八時間後に、イランの上空を飛ぶすべて の飛行機を撃ち落とす」と無茶苦茶なことを世界に向けて発信した。日本からは企業の人たちやその家族が、イランに住んでいた。その日本人たちはあわててテヘラン空港に向かった。しかしどの飛行機も満席で乗ることができなかった。世界各国は自国の救援機を出して救出していた。日本政府は決定に時間がかかっていた。空港にいた日本人はパニック状態になっていた。そこに、二機の飛行機が到着した。トルコ航空の飛行機であった。日本人二百十五名全員を乗せて、成田に向けて飛び立った。タイムリミットの一時間十五分前であった。
なぜトルコ航空機が来てくれたのか日本政府もマスコミも知らなかった。前・駐日トルコ大使、ネジアティ・ウトカン氏は次のように語られた。
「エルトゥールル号の事故に際し、大島の人たちや日本人がなしてくださった献身的な救助活動を今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生のころ歴史教科書で学びました。トルコでは子どもたちさえ、エルトゥールル号のことを知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです。」

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